▲▲ 古代の印象 ▲▲
印章の発祥は、紀元前4000年頃、メソポタミア文明の時代とされています。古代メソポタミアでは、今の日本にまさるとも劣らぬハンコ社会だったそうだが、それは、中世ヨーロッパ時代、国王や諸侯たちの中には読み書きのできない者が少なからずあり、そのためハンコが使用されていました。しかし、その後、教育の普及にともないサインの習慣が定着し、欧米社会ではハンコは消滅したそうです。
その後シルクロードを経て、紀元前1400年、殷の時代に中国に伝わったとの記録があり、日本では、1784(天明4)年に筑前国《現在の福岡(ふくおか)》志賀島(しかのしま)で、「漢倭奴国王(かんのわのなのこくおう)」と刻印された金印が出土したが、これは、中国の王朝から日本に贈られたもので、これがわが国最古の印章とされています。日本の文献に初めて登場する印鑑は、持統天皇6年に、天皇に木製の印を献上したという史実が「日本書紀」に記されており、祭礼に用いた神具であったようです。
そういえば、日本では、戦国時代などに、よく「花押」と言うものを使ってましたね〜。この、「花押」とは、署名の下に書き加える書版で、草書体文字を組み合わせて形様化したものだが、日本の政治家なども使ってます。
現代一般の庶民は、花押なんか使わないので、印鑑を使っているが、これは何時頃から始まったかと言うと、明治新政府が太政官布告で「署名と実印を押す制度」を定めた1873(明治6)年10月1日からだそうです。
それ以来、「証書の姓名欄には本人が自書し、実印を押すこと。自分で名前を記すことが無理な場合は他人に書かせてもいいが、実印は必ず押さなければならない」ことになったとか・・・。それで、印章業界では、この10月1日を「印章の日」と定めているそうです。
しかし、欧米社会などでは、教育の普及に伴い、サインが普及し、ハンコは消滅していったというのに、日本には、厳然と明治時代に作られた法律が生きており、何処でもハンコがないとダメです。そして、重要な証書類以外では、普段、そのハンコも、三文判と言われる何処にでも売っているハンコが使われたりしています。
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